『つながりと秩序』北田暁大『増補 広告都市・東京ーその誕生と死』
まとめ
都市空間において,ケータイを見ることで,「あなたとコミュニケーションするつもりはありませんよ。」と示すことができる。ケータイは偶然の接続を避けるユートピアとして機能するはずである。
しかしケータイは,秩序から解放してくれるどころか,人びとをつなぎとめている。時間と空間を踏み越えて,もともと存在しなかった秩序を再編成する。
また,ケータイは「見られていないかもしれない」不安を生み出す。形式的につながる関係性を可能にする。
ケータイは,「見られていないかもしれない私」に絶えず向き合わせる。
読後感
テクノロジーは「見られている不安」だけでなく,「見られたい欲望」も生み出した。テクノロジーによる管理社会には,管理者が存在しない。だれもが囚人だ。人間は質を求めず,形式的な,表面的な快楽を求める。コミュニケーションのためのコミュニケーションがほとんどだ。本質的な内容を共有するための道具として,人類はインターネットを使いこなせていない。
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きっと会話を盛り上げてくれるはずだ。